目覚め
Written by : ひさと
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…… [3] Date …… 



半地下になっているその店は、基本的に和食の店のようだった。古い民家を改築したような作りの店内は漆喰の壁でいくつかに区切られており、扉のない個室のようになっていた、私たち二人は少し奥の小さ目の区切りに通された。二人分のコースを頼み、ビールを注文した。

「この店って、」

彩子が話し出した。

「・・・前の彼と、よく来たんですよ」
「そうなんだ。2年ぐらいしてないって言ってたけど、そのころ付き合ってたの?」
「ううん。彼と別れたのは3年ぐらい前です。それからしばらく荒れてて(笑)」
「遊んでたんだ(笑)、って、3年前ってことは22の時?」
「そうです。大学を卒業すると同時に。彼は東京に行っちゃって、私はこっちに残って、そういうことです」
「で、就職して、しばらく荒れてたと(笑)」
「そうです(笑) あのころは女子の4大卒は超氷河期とかいわれてて大変だったんですけど、それでも何とか長崎に就職できて、そういう厳しい日常とかの反動も有って(苦笑)」
「で・・・それ以来、まったくないの?」
「ええ。キスすらありません」
「どうしてこんなに間が開いちゃったのかな」
「うーん、、、 私が、男性に対して恐怖心を持っちゃったからかもしれません」
「恐怖心?」
「恐怖心と言うか・・・ また別れられちゃったらどうしよう、って感じの、先を考えたら恐いと言うか、、、うーん、なんだかうまく説明できないんですけど、そういうことなんです」
「その人との今後を考えると不安になっちゃう、というか、今後もずっとこの人といられるか、って考えちゃうと、不安になったりつらかったり・・・って感じかなぁ?」
「そうですね、ずっと振られてばかりだったんで、それが恐いと言うか・・・」

ビールが運ばれてきた。まぁとりあえず喉を潤しましょう、と、乾杯した。彩子は一気に中ジョッキの半分ほどをのみ、ふぁ、と息をついた。

「なんだか一気に飲んじゃった(笑) 普段はこんなじゃないですよ(笑) 今日は緊張してて喉がからからだったんです。コーヒーだけじゃとても足りなくて・・・」
「いえいえ、いいんですよ。普段通りのあなたでいてください」
「いえホントに普段は・・・ うーん、でもビールは好きなので飲んでるかも知れませんね(笑)」
「あははは、いいんですよ。飾らないでください。自分を作ると、その作った自分に自分が当てはまらなくなっちゃって自分が苦労しますから」
「(にっこり笑って)そうですね・・・」

一瞬表情が曇ったように見えた。気になったが、黙っていた。程なく料理が運ばれてきた。

「ひさとさんは・・・食べ物の好き嫌いなんかはないんですか?」
「実は魚が苦手なんですよ。長崎に住んでいるのに」
「野菜はどうですか?」
「野菜は大好きです。あ、魚は苦手だけど加工品だったら大丈夫」
「天ぷらとか?」
「そうそう、かまぼことかそんなの」
「よかった、ここのコースって、野菜中心なんですけど、結構魚の加工品が出るんですよ。どうしようかと思っちゃった(笑)」

天ぷら、とは、ここではいわゆる衣を付けて揚げた天ぷらではない。長崎では魚のすり身に味をつけて油で揚げたもをのことを天ぷらと呼ぶ。

「今さ、すんなり 天ぷら って言ったけど、元々長崎の人なの? 長崎以外ではあまり天ぷらって言わないよね」
「あ(笑)、なかなか鋭い所を突きますね(笑) 私は元は福岡なんです。大学が長崎で、それでずっといすわってるんです。なんだか長崎って場所が気に入っちゃって」
「そうなんだ。福岡はどのへんなの? 差し支えなかったら」
「雑餉隈(ざっしょのくま)です。博多区」
「へぇ、そうなんだ。ちょっと前に南福岡駅の近くに住んでたよ、地名は春日市だけど」
「え、ってことは『川向こう』ですか?」
「そうそう。渡辺通りから真っ直ぐ南に下って行くとたどり着く所」
「うわ、近い(笑) 何年ぐらい前までいらっしゃいました?」
「えーっと、ちょっとって言ったけどもう8年ぐらい前になるかな」
「だとしたら私も住んでたころなので、もしかしたらすれ違っているかもしれませんね、8年ぐらい前だったら・・・中学とか高校の制服姿の私と、商店街の中とか(笑)」
「NTTと千鳥屋の間から曲がった、あのアーケードのこと?」
「そうそう、店自体はめちゃくちゃ古いのに妙に活気があるあのあたりです(笑) 西鉄の雑餉隈駅に向かう」
「あははは(笑) うん、天神に出る時は必ず西鉄だったからあの商店街はよく通りましたよ。本当にすれ違っていたかも知れませんね」
「なんだか・・・ すごく身近に感じちゃってますけど(笑) いいんでしょうか(笑)」
「彩子さんが言うような『縁』かもしれないですよ」
「本当ですね・・・ あー、なんだか緊張がすごく取れちゃった。自分では気づかなかったけど本当に緊張していたみたいです、私」
「気持ちは楽になった?」
「ええ、かなり(笑)」

食事は和やかに進み、追加のビールも二人とも綺麗に飲み干した。2時間ほど、お互いがかつて住んでいた福岡の話に終始し、気分よく店を出た。
店の外は、金曜日の夜の思案橋と言うこともあって、かなりの人出である。たくさんの人が私たちの前を横切って行く。
「これから・・・ どうする? もうちょっと飲む?」
「そうですね・・・ これ以上飲んだらちょっと酔っ払ってしまいそうなので」
「移動しようか?」
「はい・・・ あの、実はちょっとお願いがあるんですが」
「何?」
「・・・・・・私の部屋に、来ていただけませんか?」
「部屋?」
「ええ・・・ 初対面の男の人をいきなり部屋に入れるような女はお嫌いですか?」
「いや、そんなことはないけど・・・ 彩子さんのほうは大丈夫なの? いきなり初対面の男を部屋に入れても?」
「私は最初からそのつもりだったんで・・・ よろしかったら」
「そう・・・・・・ うん、わかった。行きましょう」

表通りに出て、本来客待ちをしてはいけない場所に止まっていたタクシーに乗り込んだ。彩子は「千歳町まで」と運転手に告げ、混雑する5系統の電車通りを県庁から築町方向に抜け、夢彩都(ゆめさいと)前から長崎駅のほうに走り出した。タクシーの中での彩子は無言で、時折私の顔をじっと見ていた。目が合ったままで何も言わなかった。

チトセピアの角から奥に入るよう運転手に告げた彩子は、そっと私の右手を握ってきた。私が握り返すと、さらに手に力を込めてきた。左手で彩子の手を包もうとした瞬間、彩子は「前の角でおろしてください」と言い、私の手を離した。



[ 2002.07.07 初出 ]




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