目覚め
Written by : ひさと
◆◆◆ #2 ◆◆◆
…… [2] rubber bag …… 



 観光通の電停からステラビルはすぐである。エスカレータで3階のユニクロへ。女性用のTシャツを何枚か持って店内を回っていた彩子を見つける。

「こんばんわ すみませんわざわざ市内まで来ていただいちゃって」

 彩子の住む千歳町も長崎市内であるのだが、感覚的な言葉として、このあたりの人は市の中心部のことを「市内」と言う傾向がある。

「いえ、いいんですよ。もう夏物ですか?」
「そうですね、今日蒸し暑かったですし、そろそろTシャツの季節かなと。それと、ひさとさんの服を買いたくて、サイズを確かめたかったんです」
「私の?」
「部屋着、無いと困りませんか? コンビニに行ける位の簡単な服を置きっ放しにしておくと楽ですよね」

 女性の部屋に、自分の持ち物が置いてある、という状況に、性的ではないなにか興奮するものを感じた。

「あー・・・確かにそうですね」
「ユニクロだったらそんなに負担に感じなくて済むかな、と思って」
「ええ、あの、いや、なんだか済みません」
「いいんですよ。どんなのがいいですか?」

 上下がセットになったスウェットと、ショートパンツを選んだ。彩子が自分のTシャツと一緒に会計に向かう。レジ前は少し混んでいて、3〜4組の客が既に待っていた。並んでいる間、彩子は私の顔をじっと見つめている。私は、正直言って、顔には自信が無い。彩子のほうは、多少目つきがきついとはいえ、都会的な雰囲気で、学年に一人はいた感じの、よく男子がふざけて学年の女の子かわいいランキングなどという話をすることがあるが、そういう場合に必ず名前が出るような、目立つ美形のタイプである。そういう女性との縁がいままでなく、ましてや顔を見つめられる経験など無い。どうしても目が合う。目を逸らさず私の目をじっと見つめる。私は人の目を見るのが苦手である。どうしていいかわからずさっと逸らしてしまう。逸らしても彩子がまだ目を見ていることがわかる。たかだか3〜4組の客が流れる短い間、数え切れないぐらい彩子と目を合わせ、逸らせる。

 会計が終わり、四角いグレーの袋を受け取る。私が持ち、レジの列を離れる。

 ステラビルは中に映画館が入っているためか少し変わったつくりになっていて、2階に行かないと下りのエスカレータが無い。エレベータを使う人が多いのだが、歩きましょうか、と彩子が言う。彩子が私の左手にそっと手を重ね、ユニクロのすぐ脇の薄暗い階段を、少し私を引くように一緒に下りる。

 この階段を利用する人は少なく、今は私たちだけしかいない。踊り場についたとき、彩子は立ち止まり、私の手を強く握ってくる。また目が合う。今度は逸らせない。

 私は彩子を抱きしめる。ユニクロの袋が彩子の背中で がしゃり と音を立てる。彩子が唇を求め、舌を差し入れて応える。1時間にも感じる数秒が過ぎる。

 唇を離した彩子の目が、先ほどまでの澄んだ色から、欲情に濁った色に変わる。半開きの口から実際には出ていない彩子のあえぐ声が聞こえる。

 誰かが下から上がってくる足音が聞こえる。彩子は私の手を引き、二人はよろよろと階段を下りる。手提げ金庫を持って制服を着たステラの中の映画館の女性従業員とすれ違う。若い従業員はちらりと私たちを一瞥し、急にかつかつかつと階段を駆け上がる。私たちはゆっくりと1階まで降りる。つないだ彩子の右手ははっきりわかるぐらい汗ばんでいた。

 金曜日の夜の観光通りは、今にも降りそうな雲行きにもかかわらずたくさんの人出である。特にステラには映画館があるので多くの人が入場を待っている状態である。

 彩子が私に尋ねる。

「晩御飯・・・どうします? 今日なんだか混んでそうだし、雨も降りそうだから、私の家でもいいですか?」
「いいですよ、どうぞご都合のいいように」
「簡単なものでもよかったら私作りますよ」
「おや、いいんですか。ではありがたくご馳走になるとしましょう」

 彩子は目を細めて笑い、観光通の電停に向かって私を引っ張った。千歳町に向かう1番系統の電車がすぐに来た。

 週末の電車は混んでいた。二人並んで外側を向いて立ち、手をつないだままもう一方の手でつり革を掴む。私は右手、彩子は左手。

 千歳町の電停で降りるまでの間も、彩子は私の目を見続けた。私も少し慣れてきて、彩子の目を見つめることができるようになってきた。時々強く握られる私の左手の表面には、まるで私の汗のように彩子の汗が移っていた。


 チトセピアのダイエーで食料品を買い、傘のない二人は降り出してしまった雨の中をきゃあきゃあ走ってマンションに入る。私はユニクロの袋、彩子はダイエーの袋を持っているのでエレベータの中では何もせず、まっすぐ12階へと上がる。

 彩子は手早くバーバリーチェックの部屋着に着替え、私は買ってきたばかりのユニクロのスウェットに着替える。濡れた私のシャツとチノパン、彩子のスーツをハンガーにかけて、室内用の物干しに掛ける。彩子は食材を冷蔵庫に入れながら、

「料理って、実はあまり得意じゃないんですよ。もしあまりおいしくなくても悲しい顔はしないでくださいね」

 という。いえいえ食べさせてもらえるだけでありがたいですよ、と応えると、本当に得意じゃないんですよ・・・と見開いた目で訴えかけられ、二人とも吹き出した。


 待ってる間テレビどうぞ、と彩子が台所からリモコンでテレビをつけた。ソファの前には純正のリモコンが置いてあるようだったので、台所には市販のサブリモコンがあるのだろう。金曜日のこの時間には特に毎週見ている番組は無い。純正のリモコンでぱちぱちとチャンネルを変えていると

「面白そうな番組が無かったらケーブルテレビいかがですか? その細長いリモコンで変えられますよ。番組表はマガジンラックの中にあります」と彩子が台所から言った。

「ケーブルテレビ引いてるんだね」
「あれ、言いませんでしたっけ? 私、ケーブルテレビの会社にいるんですよ」
「えっ?」

 先週末もらった名刺を思い出す。係長の肩書きが気になって、社名の印象が薄かったのだが、「マツハヤCCN」という社名だった。

 マツハヤというのは県内では多分最大手のグループ企業である。もともとはガソリンスタンドから始まっているのだが、自動車販売、車検工場に次いで書店、CDショップ、PCショップ、携帯電話取次ぎ、マツハヤコンビニ、マツハヤファミリーマート、吉野家やびっくりドンキーまで長崎県内ではマツハヤのグループ企業として運営している。マツハヤには共通のポイントカードがあり、ガソリンを入れてもファミリーマートで買い物をしても吉野家で牛丼を食べても同じカードに共通のポイントがつく。多分長崎在住の人の財布の中にはほぼ100%マツハヤポイントカードが入っているのではなかろうか。当然私も持っている。

 ただ、私はマツハヤCCNという会社名をそれまで見たことが無かった。長崎県内でマツハヤを知らない人はいないぐらいの大きな企業で、ちょっと考えただけでこれだけ多くの関連会社が思い出せるのだから、私たち一般消費者の目に触れることの無いグループ企業も当然あるだろうな、ぐらいにしか思っていなかったのだ。

「マツハヤCCNって、ケーブルテレビの会社なの?」
「CCNはケーブルチャンネルネットワークの頭文字なんです。そうですよね、みんな長崎ケーブルテレビって言うからわかんないですよね」
「っていうか、長崎ケーブルテレビって、長崎ケーブルテレビって名前で今でもCMしてるよね。マツハヤCCN、って?」
「長崎ケーブルテレビは2年前にマツハヤが買収して別の会社になったんですよ。でもテレビ局の名前が変わるのも抵抗がありますから、テレビ局の名前としては長崎ケーブルテレビを残したんです。それに、nccとも名前が似ているから混乱は避けたかったし」
「そうだったんだ・・・」

 nccとは「長崎文化放送」の局名の略称である。

 確か彩子の正しい肩書きは「営業部コンテンツ係長」だった。ケーブルテレビだと思っていなかったので何とも思わなかったのだが、ケーブルテレビのコンテンツということは番組そのものではないか。25歳という年齢でその係の長ということは、実は相当に仕事ができる人なのではないか。

 多少頭を混乱させつつ、細長いリモコンのボタンを押した。

 画面はすぐに切り替わり、いきなり、アダルトビデオが流れ出した。肌色の画面に、悶える女性の嬌声が飛び込んできた。

 どういうリアクションをとっていいのかわからずに面食らっていると、台所から、あっ、という声が聞こえた。

「すみません、私、夕べ、そのチャンネル見てて、切り替えるの忘れてました」
「AV、見てたんだ・・・」
「あ・・・自宅にケーブル引いてまでAV見るような女は、お嫌いですか?」
「いやいやいや、そんなことないけど、ちょっとびっくりしちゃって」
「・・・この一週間、毎晩、一人でしてたんです・・・」

 彩子はカウンターキッチンの向こう側から、目を潤ませて私をまっすぐに見ている。私はその目に誘われ、ソファから立ち上がり、カウンターの後ろ側の彩子の背後に立つ。彩子は背を向けた格好のまま私の二の腕に手を載せ、軽く掴む。

「私の・・・、まだ硬くなったままなんですよ・・・」

 先週の彩子の痴態がフラッシュバックする。彩子は自分の興奮を自分で受け止めきれないからか、小刻みに体を震わせている。

「・・・仕事中でも、ずっと、ひさとさんの事ばかり考えてしまって、仕事の途中途中でトイレに入って、一日に何度もしてしまって・・・それが却ってどんどん私を欲情させちゃって、声を出したい、中に入れたいって思っちゃって・・・それで、帰ったら、配信のAV見ながら、こんなことされたいって思いながら、中に指を入れて、思いっきり声を出して・・・」
「彩子・・・」
「お願いです、抱いてください。セックス、1回、今、今すぐにしてください。待ちきれなくて、今日、ステラでも、電車でも、ダイエーでも、ここでレイプしてって、お願いだから犯してって、ずっと念じてて、でも私からは誘えなくて・・・」

 ユニクロのレジの列で私を見つめる彩子の目の記憶と今私を見つめる彩子の目が重なる。

 興奮でがくがくと体を振わせる彩子を後ろから抱きしめる。彩子は首をひねり、私の唇を捜す。私の舌を引き込み、千切れそうなぐらいかき回す。彩子の右手が私の股間を探る。スウェットなので、完全に勃起している様が容易にわかる。スウェットの上からペニスをしごき、私の唇に唇をつけたまま言う。

「前戯、要らないです・・・」

 薄い部屋着のスカートをたくし上げ、下着を一気に引き下ろす。濡れた肉同士が押し合った時の ぐちょっ という音がする。性器から下着につけられている吸湿シートの間に2本の粘液の糸が張られ、なまめかしく性欲を掻き立てる淫臭が広がる。

 シンクの端に手をつかせ、片足だけ下着を抜き、思いきり尻を突き出させる。私はスウェットと下着を脱ぎ去り、立ったまま背後からいきなり挿入する。

「ふあぁぁっ!」

 彩子の細い腰を両手で掴み、私は立ったまま彩子を前後させて刺激する。体全体を激しく前後に震盪されながら、彩子は甲高く叫び、幸せそうな苦痛の表情をする。

「だめっ、いき・・・!」

 ます、の声は絶頂を知らせる短い悲鳴に置き換わったようだ。彩子の入り口と奥が同時に私を引き絞る。シンクの淵を掴む彩子の細く長い指に強い力が入り、白く色が抜ける。

 見えない何かに引っ張られていた彩子の体が、がくん、と戻ってくる。シンクの中に頭を突っ込むような格好になり、大きな呼吸を繰り返す。

 今度は私が動く。彩子は低くうなるような声を上げながら私の動きと一緒に体をゆする。頭が蛇口に当たり、こぼれた出した水が彩子の頭を濡らす。

 彩子が頭を上げる、はじいた水が私の顔に掛かる。

 ペニスよりも高い温度でまとわりつく彩子の液がペニスの皮膚から吸収されて直接神経に刺さるように私の性感を高めてゆく。

 彩子が再度絶頂を訴える叫びを上げると同時に上半身が硬直し、膣がきつく収縮する。中に満たされた彩子の粘液が収縮とともに外側に押し出されてあふれ、ペニスを伝って私の陰嚢や足に暖かく滴る。強い締め付けの中のピストン運動で射精寸前まで高まるが、もっと高めて最高の絶頂感をもって彩子の中に精液を撒き散らしたい。動きを最小限にして結合部を押し付けるように円を描き、締め付けが緩むのを耐えながら待つ。

 二度の絶頂から解放された彩子はもう力が入らないようで、シンクの淵にひじをついて上半身を支えている。脚にも力が入らないようで、ひざが曲がってしまって体を支えることができていない。私が持っている腰に全体重が掛かる。

 彩子が細く軽いとはいえ、脚に力の入らない人を支えるには相当の体力を消費する。

 最高の絶頂感のために何とか力を振り絞り、彩子のほうを動かすことでペニスを刺激する。彩子はぐにゃぐにゃとされるがままの人形のようになっているが、ペニスが奥まで入った時のうなるような快楽の声は変わらずに耳から私を射精に導く。

 ペニスの硬度と怒張が最大になる。彩子の内壁がぴったりと亀頭部を包み込み、ペニスの先端から快楽の信号が刺さり、脊髄を通して脳を貫く。脳内に厚いゴムの袋が出現し、この1週間オナニーで出し切れなかった精液がぱんぱんに溜まっている映像が浮かぶ。快楽の信号がゴムの袋の薄い部分を突き刺そうとしている。もう少し強く突いてゴムの袋をはじけさせ、彩子の全身に濃い精液を撒き散らしたい欲望だけが残存する体力を振り絞る。

 自らのペニスでゴムの袋を突き破るように、彩子の一番奥に強く一突きを入れる。彩子は甲高く叫び、入り口を締め付ける。彩子の強い膣圧に脳内のゴム袋が締め付けられ、脳とゴム袋が同時に破裂する。脳天から噴出するような絶頂感を全身に浴びる。自分の叫び声のはずなのだがどこか遠くの他人の声にしか聞こえない。一呼吸おいて、脳のゴム袋から噴出した煮えた精液が体幹を貫通し、ペニスから噴出され、彩子の深部にまで私が勢いよく注入される。撒き散らす、というよりは、彩子の深部にあるペニスも届かない性感帯一点を目掛けて突き上げ、彩子の絶頂感をより一層高めるかのように。

 射精直後の硬直がおさまり、全身の力を絶頂とともに失った二人は、ビニール張りの床の上におかれたキッチンマットの上に、つながったまま崩れ、倒れる。

 結合部から、彩子の深部まで犯し終えた精液が逆流し、彩子の脚や尻にもまとわりつき始める。オナニーの時に射出された精液の生暖かさは時に不快だが、今はこの温度をむしろ心地よく感じる。むこう向きの彩子はキスをしようと私のほうに頭を向けようとするが、その途中で体に力が入らなくなり、がくんと体を落とす。

 どれだけ経ったか。炊飯器の、炊き上がりを知らせる電子音が聞こえるまで、幸福な陶酔感にその姿勢を変えることができなかった。



[ 2005.08.27 初出 ]




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